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賽は投げられた [しごと]

前回の辞意表明から、かれこれ1ケ月。
辞表.jpg

ちょうど今日のこれから、社内にも公表される。もはや後戻りできない。

航空用語で言うところの「V1(離陸決定速度)」を越えたというところか。
ルビコン川を渡ったというところか。

今日という日は、波乱の人生の幕開けとなる、ターニングポイントとなりそうだ。

速報 [しごと]

さきほど、所属長に辞意を表明した。

ターニングポイント

今年初のアップ。結構頻繁に書いたり、間が空いたり、、、なかなかにムラがありますが、
まぁ、無理せずに思いついたときに書いていきましょう。負担になっても嫌だしね。

で、
約1ヶ月半空いてしまったけど、年末からこれまで、公私共々いろいろやってますよ。

今年はもしかしたら、人生の大きなターニングポイントになるかもしれないので、
すこしがんばっていきたいです。

知的会話 [所感]

最近、知的な会話をしてないなぁ、と、ふと愕然となった。

「知的会話」って言っても、なにもすごい高尚なことを、ってわけではないんだよ、もちろん。
ただ、人と話して、それをちゃんと聞いて理解して、
そして、それに合った適切な問いをして、答えてもらって、
そして、お互いに気付いて、理解を深めていく、、、そんな会話。

まぁ、それを“理想の会話”とするならば、じゃぁ、普段はどんな会話をしているんだろう?

思い返せば、、、そうだな、、、思い付いたことを場当たり的に話すだけなんだろうなぁ。
深く考え話すこともないし、深く理解しようと聞くこともないし、いわゆる上っ面な会話の数々。

っつーか、会話となると相手を介さないといけないけど、
もっと言えば、自分独りでもできる、深い思惟をしてないなぁ、と。

やばい、きっと、頭悪くなる。これ以上、悪くなったら、相当ヤバイ。
独り突っ込みの独り会話でもいいから、理解しながら深く考えるようにしないと、いけないな本当に。

 

秋の京都 [京都]

京都は今、観光シーズン真っ盛り。

昨日一昨日の週末は、ちょうど仕事だったんだけど、天気は生憎だったにもかかわらず、多くの観光客でごったかえしていました。

特に、自分が毎朝、チャリ通しているルートなんだけど、
三条通りから南に入って、
青蓮院→知恩院→円山公園→(ねねの道)→高台寺→八坂の塔(法観寺)、そして清水寺、という観光客お約束の黄金ルートは、昨日もチャリで通るのが困難なほどに、混んでました。

やっぱ、なんだかんだ言って、京都はすごいなぁ、と思う。
住む前は、当然そういった憧れがあって、それを求めていたはずなんだけど、
住んでしまって、慣れてしまう、というか、中に入ってしまうと逆に案外、その魅力が見えなくなってしまっていたように思う。

それが今回のように、日本全国の多くの人を惹きつける魅力があるんだということを、多くの観光客の訪問という、客観的な目に見えるかたちで示されると、改めて京都の「底力」というものを認識させられるなぁと思いました。

すごいね、京都。

紅葉.jpg

写真は、今朝の通勤中にちょっとチャリを止め、
まだ観光客が訪れる前、ちょっと寒いけど広々と清々しい、高台寺付近の紅葉を撮ってみたものです。

適材適所 [しごと]

仕事が回ってないなぁ。
生殺しな仕事ばかりが担当させられている毎日。
同じ部署で、もうちょっと自分の能力というか、自分が生かせる仕事もあるのになぁ。


やっぱ人には、得意不得意があるやん?
当然、仕事でも、やっぱそういう面があるよね。

でも例えばそれを、上司とか訴えたらこう言うよ。
「いろいろ経験しておくと、きっと後から役立つから」って。

でもさ、20代ならまだしも、正直、そろそろ中堅だしさ、
何より一応、「即戦力」として、今の会社に転職させてもらっているわけだから、
正直、今さら「広い経験」を積むより、スペシャリストとして、ある程度、分野を
絞った仕事をやらしてくれた方が、会社としても効率いいと思うんだけどな。


その自分の「得意分野」を、同じ部署の違う人が、生き生きとやっているのを横目に、
生殺し状態の自分。
なんか、とってもミジメな日々。

冬離宮? [所感]

12月を前に、いよいよ京都の寒い日々が迫ってきた。

今、住んでいる借家は、隣家と隣接しているため、リビングがある1階の日当たりが
メチャクチャ悪い。東からの日差しがある午前中以外は、暗くて電気つけなきゃダメみたいな。。。

まぁ、おかげで、入居の際には、敷金礼金に加え、家賃も値切れたんだけどね。
それに、おかげで、夏は思いの外、“涼しく”過ごせたんだけどね。。。

で、逆にこれからの寒い季節には、文字通りの底冷えする1階になってしまうのは必至。
そこで、この前の連休を利用して、リビングを冬対策のため、移転することにした。

要は、より陽のあたる2階の部屋に、家出の生活の場を移そうということ。

まずは、テレビを兼ねているPCを2階へ引越し。面倒くさいかな、と思っていたんだけど、
ネットを無線LANにしていたから、電源コード1本差し替えだけ。楽々です。

テレビ配線は、端子の一方を露出結線しなくてはいけなくて、多少細工が必要だったけど、
無事完了。

さらに、お気に入りアラジンストーブを移し、
そしてなんと、「こたつ」を導入することに!
ホームセンターで、こたつ布団と併せて買ってきて、さっそく設置。

これですっかり、ホカホカ生活が完成しました。
冬の間は快適な地に移住しちゃう、まさに、「冬離宮」って感じ。

満足満足な空間となりました。

【きょうのはっけん】(千葉大園芸学部) [発見]

最近、大きな事件事故が立て続けに起こっていますね。

直近から、思いつくままに振り返ってみても、つい先日の韓国・射撃場の火災死亡事故】、市橋容疑者の【英国人女性死体遺棄事件】、島根の【女子大生死体遺棄事件】、その前に同じような千葉女子大生殺人】、さらに、酒井法子の【覚せい剤取締法の判決】などなど。

でもさ、その前はさ、埼玉の無職女(34)の練炭を使った結婚詐欺絡みの【連続不審死事件】と、その報道を発端にした鳥取の元スナック勤務の女(35)の、こちらも【連続不審死事件】もあったよね。

次から次へと新しい事件事故が起こるから、ちょっと前のネタなんてメディアからすっかり消えてしまっているけど、以上挙げた事件のなかでも、市橋容疑者の【英国人女性死体遺棄事件】なんて、実は大した事件じゃないよね。

だって、まだ殺人かどうかだって分からないんだから。
死人に口なし、という面もあるけど、リンゼイさんがどういう経緯で死んだのか、当人しか知りえない「秘密の暴露」ができるのは、市橋容疑者だけなんだし。
極端な話、痴話喧嘩のもつれとかで、殺意なく、争ってたらたまたま死んじゃったっていう傷害致死かもしれないし。それを怖くなって、遺棄しちゃったってことかもしれないし。

まぁ、遺棄は良くないけど、経緯にちょっとした引け目を感じてたうえに、動転してたら、やっちゃうかもしれないし。逃亡中の住み込みの仕事でも、かなり真面目で、しっかり一生懸命やってたらしいじゃん。案外、小心の普通のヒトななのかもしれないし。

要は、これだけ騒いだのは、整形までして逃げていた」「被害者が外国人」ってとこがミソなんだよね、きっと。

上記の場合、どう考えても、結婚詐欺シリーズの2人の方が、ヤバイでしょ?

市橋容疑者は、もし殺人罪でも裁判になったとしても、逃げていたことは悪質ととられてしまうにしても、懲役10年ちょっとじゃない?
一方の結婚詐欺シリーズは、どこまで立証できるかがカギだろうけど、うまく何人かの殺人で起訴できたら、裁判では確実に死刑を求刑される事案だよ、これは。

それなのに、市橋容疑者逮捕の一報からこの方、この結婚詐欺シリーズは、すっかりメディアから消えてしまったもんなぁ。。。。

ちなみに、2件の女子大生殺人も(特に、島根は悪質だから)、裁判的には確実に、市橋容疑者より刑が重くなるだろうな。

だから、何が言いたいのかというと、タイミングとかちょっとした経緯とか,実はあんまり大したことないことをきっかけに、大きく報道が偏るのは、どうなん?ってこと。もっと客観的に何が一番ヤバイのか、を考えた方がよくね?ってこと。


で、そうそう、タイトルに書いたのに触れてないことに気付いた。

千葉大園芸学部。
今回の市橋容疑者と千葉の女子大生、2人ともここに在学していたんだね。
あまたのいろいろな大学のなかで、同時期にこれだけ世間を騒がす、容疑者と被害者を出してしまった千葉大園芸学部。週刊誌あたりが『呪われた千葉大園芸学部』という特集組むのも時間の問題か。。。

あと、裏日本の代表格(失礼…)である、鳥取&島根も、同時に露出。。。

もっと良いことで、騒がれたかっただろうなぁ、とちょっぴり切なくなる今日この頃でした。。。


泉涌寺 [京都]

いよいよ京都観光シーズンへ突入する。
朝晩、チャリ通で前を通る、青蓮院、知恩院、高台寺、清水寺
それに今年は泉涌寺も、ライトアップが始まっている。

写真は、これもiPhoneで撮った泉涌寺。
泉涌寺.jpg
天皇家の菩提寺で「御寺(みてら」の名を持つ、特殊なお寺。
だからこそ、今年のライトアップも「今上天皇即位20周年」としてやることになったそうだけど。

これまでは、東山の山を分け入ったところにある、静かで結構穴場なお寺だった泉涌寺だけど、
今年はJR東海「そうだ 京都、行こう」の秋のキャンペーンでも取り上げられたし、メジャーになるのかな。。。

まぁ、とはいえ、実はアクセスがビミョーだから、そんなでもないのかな。。。

一神教の弊害にみた日本の優位性 [思惟]

日本はもとより、古来の人々の宗教は、(というか当時は「宗教」という概念・定義がないだろうから、「文化」そのものなんだあろうけど)、多神教だったわけです。

エジプト文明の神々、ギリシア・ローマの神々、古代インドの神々、アメリカ・インディアンの神々、そしてもちろん、日本の八百万の神しかり。。。

そこにはきっと、まだ未熟な文明ゆえに、自然に翻弄され、自然の脅威が身近で、一方で自然の恩恵を身に沁みて感じていたからこそ、太陽の神、大地の神、風の神、山の神、海の神など、多様な神々が、人々のすぐそばにいたのでしょう。

そのことを端的に示したのが、宮崎駿『もののけ姫』かもしれません。

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しかしその後、文明が発達するにつれて、人々は自然を抑え込み、コントロールし、駆逐するに至りました。
ちょうどそのころから興り始めたのが、同じ“根”をもつユダヤ教、キリスト教、イスラム教の一神教です。

一神教のもとの自然は、畏怖畏敬を抱き共存するべきものではなく、克服するものとされました。
そして、その延長は、自分の信じる神が正義、他は邪教という、自己中心の思想です。

自らが信奉する神以外を崇める人々は間違っている、直してあげよう、改宗させてあげよう─。こんな余計なお世話から端を発した思想が、十字軍時代の宗教戦争から現代の中東問題、テロとの戦いの根底に流れているのです。

そんな世界情勢のなか、日本は特別です。
現代の日本は、「なんの宗教を信じてる?」と聞いたら、「えっ?別に・・・」という人が大半でしょうが、とは言え、お神輿を担がれるお祭りを楽しみ、お盆がどんな意味があるのか漠然と知り、年末には除夜の鐘、年が明ければ、神社に初詣、賽銭を投げ入れ、かしわ手を打ちます。

「宗教なんて信じてないよ」という日本人が多いなか、それでも古来から続く神道仏教を、認識すらしないレベルで、もはや生活様式というか、生活文化として、当たり前のように受け入れているのが、今の日本、今の日本人なのです。

そんな日本人だからこそ、一神教同士の「オレの神を信じろ!」的な押し付け合いは、「何をそんなに争ってるんだろう?」「仲良くやりゃぁいいじゃん」と、思えてしまいます。

これは、一歩も間違えば、「なぁなぁ」の馴れ合いというか、いい加減というか、ハッキリしない優柔不断な態度のように見られがちです。しかし、これは断固として違うのです。この「日本人らしさ」というか、日本人的思想の特異性は、今後さらに価値観が多様化が進む現代の世において、大きなアドバンテージとなり得る思考だと思うのです。

以前に紹介した梅原猛氏の本『梅原猛の授業 仏教』にも多神教に触れ、
「多神論は正義より寛容の徳を大切にします。いま世界で求められるべき徳は,正義の徳より寛容の徳,あるいは慈悲の徳であると思います」とあります。

まさに、そのとおりでしょう。
それぞれが信じる神を、寛容の徳をもって、認め、受け入れていくことが、これからの多様化する世界において、共存共栄していく唯一の道なのでしょう。

そこへ日本の、日本人の特異さがもつ優位性は、今後さらにもっと必要とされていきます。

軍事力もなければ、経済力も陰りが見え、発言力もない日本ですが、精神的優位性を説き、世界をリードしていってほしいものです。
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